驚くべき事実:これまで2つの国家が週7日制を変更しようとしたことをご存知ですか?フランスは1789年の革命後に週10日制を制定し、旧ソビエト連邦は1929年にスターリンの下で週5日制への変更を試みました。フランスとソビエトの労働者とその家族は、十分な休息と家族との時間が取れないと新しい取り決めに反対したため、両国の実験は失敗に終わりました。最終的に、各国は少なくとも1日の共通の休日を設けるという取り決めのもと、週7日制に戻りました。
7日間のサイクルでの生活は、私たちのDNAに組み込まれているようです。創造当初から、人類はこの週7日のサイクルで社会を組織してきました。しかし、なぜ7日間なのでしょうか?なぜ5日か10日ではないのでしょうか?1日は地球の自転によって、1年は太陽の公転よって、ひと月は月が地球の周りの公転によって測定されますが、1週間が7日である天文学的な理由はありません。その代わりに、神様ご自身がこの1週間7日のパターンを定められたのです!
そして、神様は私たちのために毎週特別な休息の日を定めたことをご存知でしたか?それは安息日と呼ばれ、1週間が7日間の変わらないサイクルを持つように、安息日は今日も人生に大きな影響を与えています。読み進めてみてください!
聖書を基にした安息日に関する6つの事実を見てみましょう!
創造の夜明けに、神様は創造した人々が労働から休む必要があることを知っていました。6日間の創造の後、第七日に休まれ(創世記2:2)ました。それは神様が疲れていたからではなく、私たちに模範を示してくださったのです。なぜでしょうか?安息日は、すべての人が同じ日に休息し、共に神様を礼拝し、家族や友人と時間を過ごす日として造られたからです。
イエスご自身も安息日は人のためにあると言われました(マルコ2:27)。神様が創造時に安息日を制定されたとき、アダムとイブは唯一の人間でした。主は世界にユダヤ人がいるずっと前に7日目を祝福し、聖別されたのです(創世記2:1)。
創世記では、神は第7日目の土曜日を祝福し、聖別されました!実際、100以上の言語が週の7日目の土曜日に「安息日」という言葉を使用していることをご存知ですか?例えば、土曜日はスペイン語で「サバド」と言い、安息日という意味です。
土曜日が現在も、聖書に書かれている週の第7日目であることをどのように知ることができるでしょうか?ユダヤ人は、アブラハム、モーセの時代から、さらにはイエスの時代においても、4,000年もの間、第7日目を厳密に遵守しており、それは今も守られています。さらに、聖書のどこにも、神が安息日を第7日目から第1日目に変更されたと書かれているところはありません。
「安息日」という言葉が、4つの福音書に60回近く出てくることをご存知でしたか?ルカによる福音書4:16では、イエスの「習慣」は「安息日に会堂にはいる」ことだったと書かれています。イエスはまた、福音を延べ伝えるために、安息日に癒しの働き、聖書の教えを施しました。死の中でも、イエス様は安息日を守られました。聖書には、イエス様は「準備の日」(金曜日)に十字架につけられたと書かれています。そして安息日(土曜日)に墓で「休み」、週の初日(日曜日)の初めの日没後に復活されました。ルカ23:52-56も参照してください。
イエスが死んだ後、安息日は「廃止された」と信じている人もいます。しかし、初代教会はイエスがされたように安息日を神聖に守り続けました。熱心なパリサイ人であるサウロは、キリスト教に改宗し、使徒パウロとして知られるようになったとき、厳格に安息日を守りました。彼がイエスの福音を宣べ伝え始めたとき、パウロの「習慣」は安息日に会堂に行くことでした(使徒17:2)。異邦人が福音を聞いたとき、どのような行動をとったのでしょうか?彼らは「次の安息日にも、これと同じ話をしてくれるようにと、しきりに願った」(使徒13:42)のです。初代教会の人々は、ユダヤ人も異邦人も同様に聖書の安息日を守ったのです。
驚くべきことに、神は私たちが永遠に安息日を祝うと言われています。そのことからも安息日は今日においても重要であるということを知ることができます。「わたしが造ろうとする新しい天と、新しい地がわたしの前にながくとどまるように、あなたの子孫と、あなたの名はながくとどまる…新月ごとに、安息日ごとに、すべての人はわが前に来て礼拝する」(イザヤ66:22、23)。
そうなのです!安息日はとても重要なので、神の民は来るべき美しい新しい地でもずっと守るのです。私たちが永遠に安息日を守るのであれば、第四条への服従のしるしとして今それを守るのも不思議ではありません。
マタイ5:17で、イエス様は「わたしが律法や預言者を廃するためにきた、と思ってはならない。廃するためではなく、成就するためにきたのである。」イエス様は安息日を守り、今日の信者が同じように安息日を守ることを望まれています。彼は「もし命に入りたいと思うなら、いましめを守りなさい」(マタイ19:17)と言われました。イエスは第4条を含む十戒を指していました:「安息日を覚えて、これを聖とせよ。六日のあいだ働いてあなたのすべてのわざをせよ。七日目はあなたの神、主の安息である」(出エジプト記20:8-10)。
注釈:
1.神は理由があって「安息日を覚えて」と言われました。なぜなら神様は私たちが安息日を忘れることを知っていたのです!
2.聖句では「七日目は主の安息」と書かれています。それは日曜日ではなく、安息日が「主の日」であることを意味しています。
神が私たちの肉体労働からの休息として安息日を造られたのと同時に、第7日目はイエスの霊的な健康回復を覚える日でもあります。彼は言った、「すべて重荷を負うて苦労している者は、わたしのもとにきなさい。あなたがたを休ませてあげよう。わたしは柔和で心のへりくだった者であるから、…あなたがたの魂に休みが与えられるであろう。」(マタイ11:28-30)。イエス様のもとに行くこと自体が、私たちの究極の安息日の休息なのです!(ヘブライ4を参照)
聖書はまた、「安息日を喜びの日」と呼んでいます(イザヤ58:13)。神様が安息日を「オアシス」として造られたのは、私たちの仕事から解放され、神様を創造主として覚え、周りの人とつながるためなのです。毎週、聖書の安息日を守ることで、体と心の平和、休養、回復を見いだすことができます。ぜひ安息日に休み、神がどれほど祝福して下さるか経験してみてください!